名もないあそび
さて
とりたてて
そうであるとは
思っていなかったのですが

保育専門の業者さんが見学に来られて
「名もないあそびが園庭のあちこちで生まれています」
と後でSNSに聖愛の様子をのせていました

-あそぶものがない
-あそぶことがない
そう
こどもが言ったとき
わたしたちは
どう考えたら良いでしょうか

水たまりの葉っぱを見るだけで
砂場に何かを見つけて
こころを動かす
その様子に
保育者もこころを動かせますように

名前で言えば
砂遊びになるかもしれませんが
こどもたちは
夢中で
おいしそうなものをつくります
このときの
こどもの頭の中のイメージとうれしさに
こころをとめられる保育者でありたい

この
がたがたの
石だらけの
荒野のような雰囲気を
わざわざ選んでいる
こどものこころを
見つめられる保育者でありたい

カメラを向けられて
カメラを向け返す
こんなとき
うれしくなりませんか?

遊ぶものがない
遊ぶことがない
こどもがそういったときに
保育者として
こどものこころを見つめているかな
そう
振り返ることにしています

